♪お喋り笛吹きによるフルートブログ♪
「フルートを始めよう!楽しもう!極めよう!」

2005年08月28日

日本での演奏会

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日本での演奏会が終わりました。今回は第一回目。半分は自主公演という事で、かなりあちらこちらに迷惑をかけ、あちらこちらにお世話になり、疲労で自分自身の演奏もままならないという、何だか大変な事になっておりましたが、どうにか無事に終わらせる事が出来ましたぴかぴか(新しい)

お越し頂いた方、お手伝い頂いた方大変有難うございました。 主催者さんはもちろんの事、特に親兄姉・親戚・古い友人には、本当にお世話を通り越すお世話になってしまいました。本当に有難うございました。
〜以下 丁寧語省き〜

今回の演奏会は、私の彼氏を日本で演奏させたいというのを主に、プラス自分も演奏したいという事だったのだけれど、 よくよく考えると「彼氏を演奏させる」「自分も演奏する」 「半分運営等下働きもする」「日本語全く分からずの彼の付 き人となる」という四足の草鞋だった事に気がつき、四足は無理だった。

まだ「自分の演奏」という一足で精一杯の自分は、残りの三足事で練習不足になると、どうしても不安が先行してしまっ て、それに勝ち切れなかった感あり。ここで思いっきり吹けてこそなのねと、自分の未熟さを痛感した日々だった。プロって上手い下手もあるけれど、やっぱりいかにどんな時も実力を維持しているかって所だし、こりゃ駄目だ〜と落ち込んでしまった。

まぁ、そんな落ち込みを入れても、彼がとても喜んでいる事と、聞きに来てくれた聴衆の皆さんが彼のヴァイオリンをとても気に入ってくれたのでとても嬉しい。そして昔の友人との再会や、なんだかんだ言ってやっぱり演奏会で演奏できた事もやっぱりとても嬉しい。

疲労もさながら、今回何といっても一番大変だったのは聴衆を集める事。空ホール演奏会になるのではないかと、とても心配してしまった。金曜日ということで、お仕事で来られ ない方続出。今回は一重に周りの方々のご好意に甘えて、どうにか、こうにか。本当に感謝の気持ちで一杯、私の心は感謝で満タン。この感謝の気持ち少しは演奏でお返し出来ていれば良いのだけれど。

とにかく宣伝も遅すぎたし全く十分な宣伝をしなかった。私のプロフィールはどうにもならないにしても、彼のプロフ ィール文が良くないという指摘も頂いた。とりあえずアイドルじゃないので顔で寄ってくる人はいないし、テレビでウフッとか笑って呼び込む事も出来ないし、知名度0だから、心をつかむキャッチコピーを考えなければならないし、とにかく人の目に入らなければならない。宣伝とは難しいものなのだった。芸能人はどうやって1万人呼ぶのかしら?と本当に真剣に考えてしまう。

今回の手抜き1、ベルギー大使館の後援。本来なら取れたかもしれないのに、何もしなかったのでかなりダメージ。ちなみに今回演奏会前日(遅すぎる)にご挨拶 に伺うと、「もっと早くに教えてくだされば、協力しましたのに。次は是非」と言われ、「はい、宜しくお願いします」 と謙虚姿勢の私に対し、彼は得意気に「いや〜今回は、これ これこういう理由のああいう理由でして」と、ベルギーワロ ン系的調子良い言い訳をして(言い訳でありながら、得意気に語られるというのが特徴)、「次の後援見つかって良かったね」と非常に楽天的だった。  

それでも今回、それなりに歩いて回ったので、少し色々な方 達にお会いする事が出来たけれど。。。


私は自分と彼の実力と経験の差を重々心得ているので、今回一緒に演奏していいんだろうか?みたいな物があった。 ベルギーでは全く問題がない。しかし今ひとつ日本恐怖症から脱しきれていない自分は「日本人は手厳しいからな〜」と妙な謙虚心を働かせてしまったのだけれどそれが失敗だった。結果彼の演奏会は3回もあったのに自分は1回(急遽1回追加されたけれど)という事になってしまい、しかも彼の演奏会2回が先にあった為、私は練習・演奏会場に送迎する付き人兼マネージャーのようになってしまった。

日本で彼を売るなら、日本での自分の演奏活動は諦めて、徹底してマネージャーにならなくては駄目といわれたりもし たけれど、いくら自分の自慢の彼氏とはいえ、彼がいっぱい弾いて自分はお付で演奏なしじゃ悲しいというか。 そこまで尽くす愛情はないぞと却下。しかし確かに四足の草鞋は厳しいものだ。
今回は順番が悪くて、彼は演奏会後のいい疲労と良い緊張状態なのに、私はお付き通訳事務疲労+練習不足心配の悪い汗をかいていた。このお付通訳事務疲労があっても、自分が演奏をしていれば、それなりにテンションが上がっていくのに、テンションが上がりきれないまま、疲れが重なったピー クでの演奏会になってしまった。

妙な謙虚心なんか出さないで、ずぅずぅしく生きていかな きゃ損するばかりじゃないの!とシミジミ思い、こうしてまた一つ強くなっていくのだろう。

そんな悪条件、普段の演奏会なら萎れてしまうだろうけれど、やっぱり日本のホールで知り合いに囲まれて演奏するのだから、そうそう萎れてもいられない。久々に熱く眩しい照明の下、温かい聴衆の目に見守られ、彼も「温かい演奏 会だった」とご満悦だった。演奏会後、「お二人が本当に幸せそうに演奏されているのが分かりました」のような感想をたくさん頂いたので、余程私は幸せそうに吹いていたのかしら。
今回、相当の反省点が出たけれど、第一回目はそんなものなのだろうか。とりあえず、次回はもう少し演奏したい?そして、もっと聴衆を 呼べる演奏会にしなくてはならない・・・。演奏で食べてくって、天才的に上手いとかでないかぎり、演奏が出来るだけでは発展しないし、同時に演奏だけは出来なくちゃ、どんどん衰退してしまう。四足までいかなくとも2・3足の草鞋は 扱えるだけのタフさがないと駄目なんだなぁとシミジミ思った。

ベルギーから日本の演奏会を半分だって企画する事は至難の業で、大変回りに迷惑を掛けてしまうと分かったので、次回の日本はいつになってしまうのかよく分からないけれど、とりあえずベルギーで地道に、堅実に、しっかり練習し、愛想良く、怖気ず行動と、頑張っていこうと思うのだった。


posted by お喋り笛吹き at 00:00| Comment(0) | 留学記(03−06年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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